やや日刊カルト新聞コメント欄より 気になったので転載します。
転載にあたり 改行や文字の大きさは勝手ながら一部変更させて頂きました。
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匿名 さんは書きました...

末端の、何も知らない、知らされていない信者さん達を救わなくてはなりません。

 「あなた方は、”私の方がお役に立ちますから”と、多くの霊人たちを、かき分けて生まれてきたのです」

「あなた方は、今世、菩薩になるために生まれてきたのです」

「主が下生している今でなければ、光の強い今でなければ、菩薩になることは非常に難しいのです」

・・・等々、
あの手この手で煽(あお)られて

私は財産のすべてを、教団に差し出しました。

 経典菩薩、布教菩薩、植福菩薩など、
教団が提示する”菩薩”になることが、
今世の使命であると、洗脳され続けた20余年でした。

だまされた自分も悪いのですが、悪徳霊感商法

の張本人である大川隆法よ、

そして大川の片棒をかつぐ、職員たちよ、ニセ仏陀であることを知ってて、

なぜ、かくまで悪業を続けるのか!

勇気ある、善良な職員の方よ、

これ以上、信者をだまさないでほしい。

この美しい国を汚さないでほしい。

2013513 18:14
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342 名前:米国講演希望 HdMIE104MY [sage] 投稿日:2012/10/21()

>>329

>アンチになっても、教団が嫌になって動きが気になるじゃん

気になっている時点で負けだと思うんだよな。教団の動きにとらわれるわけだから

もう綺麗さっぱり、忘れて、思い出さなくなりたいね

 

おっしゃる通り。でも悟らざる衆生の一人である私には無理ですな。

大川に理想と夢を踏みにじられた。

この恨みは、そう簡単に消えません。魂を狂わされたのですから。

HSの衰退と大川が死ぬことが、私の楽しみのひとつです。

年齢的に、私より大川の方が早死にするはずなので。
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 349 名前:神も仏も名無しさん[sage] 投稿日:2012/10/21() 00:22:23.96

>>342

魂を狂わされた。 か・・・・ 人生を狂わされた。

 

純粋な時に、教えを学び、何においても1番に幸福の科学を置いていた。 友達と遊ぶよりも、仕事の同僚と飲みに行くよりも、自分のためにお金を使うことよりも 
全て犠牲にして、幸福の科学の教えを学んでた

平均年収なんだから、普通に生活できるわけがない。 付き合いが悪くなれば、友達から色々と言われ、カミングアウトすれば、みんな去って行った

それでも幸福の科学は正しいと思っていたから、ぬれねずみになって、チケットを郵送したり、講演会を拝聴しにいったり 

青年部の活動に参加しても、助け合いの精神なんてなく、
同性だと競争になるしね。
教団内でも心休まる事もない。

それでも切磋琢磨で、お互いに魂を磨いているんだからと納得し、努力してきた。

だけど、どんなに信仰しても、幸せになることなんてなかった。 

祈願は効かず、祈りも聞かれない。祈願の効果もなく家族は死に

繁栄どころか、貧乏になり、何もかも失ってしまったよ。 

挫折の中、辛い時期に来るのは、
推進メールで 経済的にきついのに書籍を買えだの
行事に参加しろだの。
無理にチケット押し付けるだのそんなメールばかり
1日に何通も転送され

イイシラセメールを見るたびに 
自我力波動の内容で げっそりエネルギーをとられ


 
離婚騒動、元妻の悪口三昧 公開霊言で、がっかりすることばかりだ

2013512 21:33

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匿名 さんは書きました...

>12 :さとる:2013/05/11() 16:10:43.41 ID:zl/+sWVR

 

あ~俺の人生は何だったんだ。

俺の家族は幸せか?◯子、ゆ◯くん、ま◯ちゃんごめんね。

たかしに騙されたお父さんが馬鹿だったよ。

お父さんお母さんごめんなさい折角大学までだしてもらったのに

誰一人、幸せにしていない。幸福の科学に入って皆、不幸になりました。

 

2013512 21:16

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匿名 さんは書きました...

>2ch、幸福の科学にすべてを投げ打った元信者が感じる、狂わされた人生(魂)

20121021 004552

テーマ:他サイト情報

 

幸福の科学を信じたことを振り返った方は皆異口同音に

魂が狂わされた、人生が狂わされた、と言う表現を使います。

 

私も同感です。心の成長が狂わされました。

 

二世の場合は自身がそれほど入れ込んでなくても多分に影響をうけます。

家族で泊りがけで出かけたところはほぼ全て講演会が含まれていました。

 一人暮らしを始めたときに両親が私の所を尋ねたのは正心館に行くついででした。

何に関しても教団の行事が最優先、家族の行事はついで。

 

自分では最近まで気づいていなかったのですが、教団に両親を取られたという寂しさが募ります。

 

また、自身の自我形成が不完全であると感じる不安感というか、自分の意志で行動している気がしない、

自分という器に入った他人の価値観で動く人形じゃないのかという強迫概念がどうにもなりません。

何と表現したらいいのかわからないのですが。
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